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ユーリ・アラボフ

クロックワークス

グループ:DVD

ランキング:14342

価格:¥ 3,924

発売日:2007-03-23

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レビュー(Amazon.co.jp)

   ヒトラーやレーニンも自作の題材にしたアレクサンドル・ソクーロフ監督が、昭和天皇を主人公に、終戦の年、8月15日の前後を描く。空襲から逃れるため、地下室で生活する天皇(=ヒロヒト)が終戦を決意する苦悩に焦点を当てながらも、ヘイケガニの研究に安らぎを求め、訪れる米軍兵士に「チャップリンに似ている」と言われて喜ぶ姿など、人間としての天皇を映像化。日本人にとって興味深い仕上がりだ。
   イッセー尾形は、口をもごもごさせる仕草など、本人の癖を巧みに採り入れつつ、人間味溢れるヒロヒトを好演。侍従らとのやりとりでは笑いも誘う。ソクーロフ監督はセピア調の映像で当時の雰囲気をかもし出し、夢の場面で魚が爆弾を落とすなどシュールな描写も挿入。外国人が描いた日本にしては違和感が少ない。天皇の描写を含め、さまざまな意味で問題を投げかける作品ではあるが、人間になることを許されなかったひとりの運命として観ると、これほどインパクトの強いドラマも少ないだろう。多くの葛藤はラストで、皇后役、桃井かおりの一瞬の表情に凝縮されるのだ。(斉藤博昭)

カスタマーレビュー

「あ、そう」の美学  (2008-12-14)
 観て、まずとても賢い選択を採ったと。なぜなら、この映画が何故2年に渡って警戒されてきたのか理解できないほどに、昭和天皇だけにピントが合わせられた作品だったからです。私はもっと、「終戦時の混乱」もピリピリ伝わってくるような作品だと思っていました。
 だとしたら、観客の意見が真っ二つになる恐れがありました。そして彼はそれではいけないと思ったのか、外国人監督という立ち位置を意識してか、単純に昭和天皇そのものにしか関心が無かったのか、「ヒロヒト」に迫り続けました。

 その試みは奏功していて、イッセー尾形の、淡々と、そして完壁にこなされた演技の端々から、「ヒロヒト」の人間臭さを感じ取ることができました。たまにひいてしまうくらいに。その一端が「あ、そう」。聞いた話によると、昭和天皇には数種類の「あ、そう」があったそうで、近臣はそれで陛下の御心を感じ取っていたそうです。こういう奥ゆかしい、簡潔なコミュニケーションに憧憬をおぼえます。
「実際の昭和天皇がこんな人だったのか」と盲目的に信じたりもしませんが、ユーモアがあり、慈愛があり、どこまでも謎めいている。そんな「ヒロヒト」の旅へ、ソクーロフと一緒に出かけるのも良いんじゃないんでしょうか。

買いです。  (2008-08-25)
日本人でない脚本家であり監督であったから撮り得た作品であるとの思いを強く持ちました。終戦直前の、複雑といった安直な言葉では片付けられない状況と、その渦中にあった昭和天皇の姿を描き、という要約が意味を為さない、切迫した気持ちにさせられました。イッセイ尾形の昭和天皇は、いろいろ考えた挙句の結果なのでしょうが、様々な絵の具を混ぜ合わせても結局は黒になるのと同じような、ある意味澄んだ演技であったように思います。ただ、個人的な感想かもしれませんが、ここで見られる昭和天皇の、たとえば仕草なんかは、多くの人に馴染みのある晩年のものであって、終戦時の古いフィルムのなかでの姿とすこし違っているように思いました。

ヒロヒトかぁ。  (2008-08-15)
まず、映画にエンターテイメント性を求めるならば、素直な気持ち、面白くはない。
緊張感がまったくない。そして暗い。
ただ、日本人には作れないものを作ったことへの意義は認める。

多くの文献を当たって、映画製作をしているらしいが、こんなに薄っぺらい空間が史実であるのか・・
天皇の口をもごもごさせる仕草や雰囲気はイッセー尾形による熱演らしい。
天皇を見たことの無い私などからすると、はぁそうなのかと思う程度である。
浮世離れした天皇だからと言って、あれほどまでに無思慮な存在であったのか、というのが一番の疑問である。
神格としての苦悩というが、その苦しみや悩みが伝わってこない。

天皇ヒロヒトとムイシュキン公爵  (2008-08-15)
 ソクーロフ監督は、もしかすると、天皇ヒロヒトとドストエフスキーの『白痴』の主人公ムイシュキンをだぶらせようとしたのではないだろうか?この映画を見て居ると、そんな気がして来る。そこにドストエフスキーを生んだ国の監督ならではの感性が感じられる。−−ロシア文学において、「美しい人間」を描く事は、ドストエフスキーのみならず、プーシキンからソルジェニーツィンまでの作品を貫く重要な主題であった。ソクーロフ監督は、天皇ヒロヒトを描く事に、その主題の追及を継承して居る様に思はれる。−−アングロ・サクソン系の映画監督には決して作れない作品である。史実を忠実に再現したとは言へない点をはじめ、色々問題は有るが、ロシアの知識人が日本に対して抱く熱い思ひを感じさせられる点で、多くの日本人に見られるべき作品である。

(西岡昌紀・内科医/63回目の終戦記念日=聖マリア被昇天の日に)

イッセー尾形の一人芸:人格模写  (2008-08-04)
 敗戦直前から直後にかけての、昭和天皇の身辺のみの狭い場面設定。主な登場人物は天皇と皇后と侍従とマッカーサーと通訳のみ。皇太子など他の皇族や日本の政治家や軍人なども全く登場しない。状況説明も殆どないので、終戦時の時代背景について基礎的知識がないと十分楽しめない。

 昭和天皇の風貌やキャラクターを知ってる人は、イッセー尾形の人格模写の名人芸に感心するであろう。意外にも、桃井かおりの皇后も似ていた。駄目なのはマッカーサー。もっと体格が良くて貫禄のある役者がいるだろうに、何故に彼に?

 でも、根本的な疑問は、天皇×マッカーサー会談の内容は確か未だ公開されていなかったはずだが、映画での会談内容は脚本家の創作なの?だったら、この映画自体何処までが史実か、怪しくなってくるし、結局映画自体がイッセー尾形の人格模写同様の、「いかにもさもありそうな」フィクションって事か。

 映画の場面設定・雰囲気は、先日鑑賞した『ヒトラー最後の12日間』とソックリだったが、目撃者の証言を元にしたあの映画とは根本的スタンスが違っているようだ。

 しかし、ある年齢以上(昭和期に物心付いていた世代)の日本人以外がこの映画を観ても、イッセイ尾形の名人芸は分んないだろうなあ。